挑戦者たち
次の損保ジャパンを
担う女性リーダー

秘書部 社長オフィス

2000年入社

中條 美恵子

#10

これまでの経歴

2000年
入社。四国業務部に配属
2004年
高松支店高松支社に異動
2010年
キャリアブリッジ制度(現:ジョブ・チャレンジ制度留学コース)を活用し、
コマーシャルビジネス業務部財産保険グループに異動
2010年
高松支店高松支社に異動
2012年
高松支店法人支社業務推進グループに異動
※2016年~2017年 働きながら、香川大学大学院に通い、MBA取得
2018年
総合系[限定なし]に職員区分変更し、営業開発部第三課に課長として異動
2020年
秘書部社長オフィスに異動

地元香川の活性化に貢献したい
地元から離れることは考えていなかった

地元香川県の支社に一般職(現:総合系[地域限定])として入社。以来20年にわたりさまざまなキャリアを積み重ね、今や社長付きの秘書として経営を学ぶ中條美恵子。女性リーダーの象徴的存在として、多くの社員から信頼を寄せられている。入社当初は、キャリアップしていきたいという思いより、生まれ育った香川への愛着から地元に貢献したいという思いが強かった。
「広島の大学に通っており、広島で就職することや全国転勤のある会社で働く道もあったが、“香川で、長く働ける会社”で働きたいと思いました。地元企業や地銀などとも迷いましたが、当社の方が全国に拠点があるので、必然的に全国の多様な人々と仕事ができるのではないかと思い入社を決めました。一般職というとサポート的な仕事ばかりと思われがちですが、代理店向けキャンペーンの企画・運営など、かなり裁量が与えられやりがいが大きい仕事がたくさんありました」と、当時を振り返る。
最初の転機が訪れたのは、2010年。それまでは主に事務を担当していたが、営業をやってみないか?と打診されたのだ。
「当時オフィスにパソコンやインターネットが定着し、個人の生活にはスマホが登場する中で、事務の仕事は将来的に無くなるのではと考えていました。自分の仕事の分野を広げたい、その一心で営業の仕事にチャレンジしようと思いました。事務はミスが許されない仕事。正しくできて当たり前というプレッシャーも生じます。対して、営業はたくさん仕掛けて1、2回でも当たれば大きい。結果が見えるので目標を掲げ、そこに向かって努力できるのが面白い。私はやるからには社長賞を絶対に獲得するという、非常に高い具体的な目標を持ち、日々頑張りました。結果、社長賞を2回獲ることができました」。
次々と結果を出し、毎年のように昇進を果たして名刺の役職が変わっていった。

キャリアブリッジ制度を勧められ新宿本社に半年間勤務

当社には、本来転居を伴う転勤のない総合系[地域限定]でも、本社(東京)などの希望部署で3年間働けるジョブ・チャレンジ制度がある。中條も何度か上司に勧められたが、香川を離れる気はなかった。ところが、あるとき上司から半年限定のキャリアブリッジ(現:ジョブ・チャレンジ制度留学コース)という制度が新しくできたことを教えられ、「半年ならいいか」という軽い気持ちで応募する。
「新宿本社に勤務することになったのですが、配属された部署は火災保険の商品開発を行う部署でした。私は火災保険が苦手だったので、これを克服すれば香川でみんなに教えることができると思ったのです」と、あくまで香川に戻って経験を活かすための判断だった。
そんな中條に再びターニングポイントが訪れる。地元香川大学大学院への入学である。
「当社は、早くから女性活躍推進に力を入れており、女性のための経営塾も開催していました。社内の研修で学ぶという方法もありましたが、より地域に根付いた環境で、社外の人達と一緒に学びたいと思っていたので、迷いがありました。そんな時、地元の新聞で目に入ったのが香川大学大学院の募集記事だったのです」。

自費で大学院に入学、MBAを取得
自分に投資する意義を感じた第二の青春

2016年、香川大学大学院の地域マネジメント研究科に入学。仕事をしながら平日夜間と休日に通うハードな毎日が始まる。
「自分の力で行きたかった。会社に甘えたくなかったのです。実際に入学してみると、素晴らしい体験と学びが待ち受けていました。地銀や地元を代表する企業の幹部候補生、県庁・市役所の職員、経営者など、年齢も属性も異なる約30人の同級生がいて、みんな学生としての立場で付き合える。ともに貪欲に学び、励まし合う、まさに第二の青春。自分に投資をする意義を感じた2年間でした。平日の授業は夕方6時には業務を終えて行かなくてはならないので残業ができない。会社の同僚や代理店の方々にも応援され、気持ちよく送り出していただいていました。本当にありがたかったです。また育児や介護があり残業したくてもできない社員の気持ちや立場が実感できたことも、大切な経験の一つでした」。
大学院での経験は、学びだけではなく、人生を変えるほどの影響をもたらした。
「ある日、大学院の同期に言われたのです。なぜ、チャンスがあるのに転勤しないのかと。これまでさまざまな上司に勧めていただいたにも関わらず、香川にこだわってきました。それが大学院の同期に言われて、改めて考え直しました。その後、上司に職員区分変更にチャレンジしたいと告げると、私の変化に驚くとともに喜んで応援していただけました」。
こうして、総合系[地域限定]から総合系[限定なし]に変更し、勤務地のフィールドが拡大した。新しい勤務地は、新宿本社。異動と同時に、営業開発部第三課の課長に昇進した。

社長の意思決定を間近に見ながら、多くのことを学ぶ日々

新しく赴任した部署は、全国に広がる各種団体向けの営業を統括する部署だった。保険商品の販売促進のための施策を企画して提供する。全国を統括する分、予算規模も大きく責任も重い。
「全国各地の営業の方々との連携が必須であり、いかにスムーズに販売促進につなげるか。自部署中心の考えではなく、実際に販売する方の目線になる必要があります。私は、かつて香川でも団体保険の販売促進をしていたことがあるので、その経験が生きました。また、全国の販売体制の基盤をつくるのも課の重要なミッション。例えば、紙による事務処理からシステム化へ移行するという課題があります。この時に大切なのは、何を辞めて何を優先するか。それを決断するのがリーダーの役割です」。
さらに、辞めることを決めたら、その業務を担当していた人への配慮が大切だと中條は言う。
「この業務はもうやらなくていいと言われた人はショックを受けます。自分のやってきたこれまでが否定されたような気がしてしまう。自分達の課の新しい方針や具体的なビジョンを提示し、新しい業務にチャレンジしてもらうことが大切です」と、リーダーとしての決断力と細やかな配慮で多くの部下の心をつかんでいった。
そして、2020年社長付きの秘書として秘書部に異動する。
「365日、ひたすら社長にお付きするのが私の役割です。社内のあらゆる部署からあがってくる多数の稟議、メディアからのインタビューや講演の依頼など、社長のもとに寄せられる膨大な依頼を整理してお伝えします。その際、依頼者が社長に何を聞きたがっているのか、その背景にある問題意識を含めて詳細に把握することが大切です。また、社長が発信するメッセージを正しく言語化して伝えることが求められます」。
持続可能な社会の実現に貢献し続けるために、今、決断すべきことがある。お客さま、社会、投資家、社員に対する重責を背負いながら、重要な決断を次々と下していく。そんな社長の驚くべき意思決定を間近に見ていると、経営者の視座の高さと視野の広さ、視点の鋭さを肌で感じる。
「日本の民間企業は、社会課題を解決したいという志と、事業活動として発展させる力を持っていると思います。保険を通じて、事業活動や人々の生活を支えてきた当社ですが、これからは、積極的にデジタル技術を活用しながら、もっと多様な側面からお客さまや社会に貢献できると考えています」次の損保ジャパンを担うリーダーとして、その眼差しはどこまでも広く、深い。

ある1日の時間割

6:00
起床

通勤中は英語のリスニングで、脳に刺激をあたえて頭をスッキリさせます。

7:30
出社

一日の業務の優先順位と段取りや役割分担を社長秘書メンバーで確認します。

8:30
社長と朝の定例打合せ

業務の重要度と優先順位に乖離がないかを考えながら打合せをします。

09:00
経営会議に出席

社長や役員が経営の課題について真剣に論議する場です。緊張感のある空気に背筋が伸びる思いがします。

12:00
昼食

昼食は本社43階の食堂で。素晴らしい景色です。食堂は新型コロナウィルス感染拡大防止に万全の注意を払っています。また、食事後は社長と雑談もできる貴重な時間です。

13:00
社長の打ち合わせに同席

昼食後、社長と若手社員とのWebミーティングに同席。その後、社長と役員・本社部門との打ち合わせに同席。経営者の判断、決断に至る過程を目の前で学びます。

16:00
社長との個別打ち合わせ→原稿作成

社長からの質問や課題認識に対し、調査結果や解決案を報告。新しい指示が出た場合は、役員や本社各部に背景を含めて伝達し、時には一緒に考えます。その後、外部講演の原稿案を作成。自社の経営方針や事業内容のみならず、社会や産業の変化と未来を考える視点が必要です。

19:00
退社
20:00
家事&リラックスタイム

家事がひと段落すると読書や動画を楽しみます。時差があるため、この時間を活用して海外のSOMPOグループ役員とオンラインでディスカッションをすることもあります。

24:00
就寝
※ 取材時点での所属部署を記載しております